女性の海外留学生第一号はだれ?

現在は誰もが海外留学できる時代です。女性の留学生も急増していますが、草分けとなった女性たちの苦労は測り知れません。 日本の女性の海外留学は大化の改新の以前にまでさかのぼります。その第一号は善信尼といわれています。 西暦588年に4月、蘇我馬子の後援を受け百済の使者恩率首信らに従って海を渡りました。そして、2年後に帰国。河内の桜井寺に住み、多くの 女性の指導にあたったといいます。こんな昔に留学を目的として果敢にも海外に出かけた女性がいたのですね。自分も初めて知りました。 近代では、明治4年11月12日、岩倉具視大使一向の欧米諸国歴訪の船に同乗し。横浜港からアメリカに渡った少女たちがいます。 「北海道の開拓には特に良妻賢母が必要である」という黒田清隆の意向で5人を選び留学させたのです。 その5人は、のちに津田英語塾を創立して我が国の女子教育に貢献した津田梅子(渡航時8歳)、瓜生海軍大将夫人となった永井繁子(同11歳) 大山元帥夫人となった山川捨松(同12歳)、それに吉益亮子(同16歳)、上田悌子(同16歳)でありました。 皇后陛下からは励ましの言葉と緋ぢりめん、茶菓子が送られたそうです。 吉益・上田の2人は病気のため明治5年に帰国しましたが、後の3人はその後約10年間勉強を続け明治13年に帰国しました。 現代とは比べ物にならないほどのカルチャーショックを受けながら耐えて耐えて長期留学を続けたその勇気には感嘆させられます。